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中島知久平(ちくへい)邸(太田市指定重要文化財)

太田市押切町1417番
一般公開記念シンポジウム(2014/6/22 開催)
表門から車寄、玄関応接間1、」応接間2便所、シャワー室、廊下次の間と入側縁、客間入側縁、仏間、両親居間
知久平座敷脱衣室、浴室食堂、茶の間厨房女中部屋、トイレ中庭からの風景外庭から見た建物建物回り
掲載日:2014/1/28
 2013年9月20日と21日の2日間、中島飛行機製作所(現在:富士重工業)の創設者である中島知久平(ちくへい)氏(1884~1949年)が、両親のために生家の近くに建てた住宅の見学会が開催されました。
 太田市では今年(2014年)春、地域交流センターとしての一般公開に向けて、現在修理中とのことですが、公開部分は玄関広間や応接間などの一部で、建物内部ほぼ全体を公開するのは、この2日間が最後の機会のようです。

 私が見学に訪れたのは9月21日の午後1時から2時。今回が最後の全体公開のためか、大勢の見学者が訪れ、各ポイントで見学者の姿を入れずに撮影したいと思うと、そのタイミング待ちに苦労するほどでした。
 見学者は表門から敷地内に入り、玄関車寄あるいは玄関広間で下足を脱ぎ、用意されたビニール袋に入れて、応接間1、応接間2と建物全体を左回りに見学しました。見学コースには順路案内が貼られ、部屋や廊下など、要所には説明パネルが置かれていましたが、見学者が多く、ゆっくり説明板を読んでいる雰囲気でもなかったので、取り敢えず写真を撮り、流れに沿って見学して参りました。この春の公開時には見ることができない部屋や廊下、調度品などの写真も含まれています。以下、当日の見学レポートです。(2014/1/28 記)

中島知久平邸

 中島飛行機製作所の創設者である中島知久平が両親のために生家近くに築いた、敷地面積10,000㎡を超える大規模邸宅。敷地内には母屋、表門、門衛所、蔵、屋敷神社殿があり、母屋南側には3,000 ㎡ にものぼる平坦な庭が広がる。

指定区分:重要文化財(建造物・建築物)
名   称:中島知久平邸 (主屋、蔵、表門、門衛所、屋敷神社殿、附棟札1枚、門衛所棟札)
員   数:主屋1棟(附棟札1枚)、蔵1棟、表門1棟、門衛所1棟(附棟札1枚)、屋敷神社殿1社
指定年月日:平成21年5月20日
所 在 地:太田市押切町1417番

建 築 年:主屋(昭和5(1930)年4月17日)、門衛所(昭和6(1931)年7月23日)

中島知久平邸の地図

中島知久平邸周辺の航空写真

中島知久平邸の航空写真

中島知久平邸平面図(見学時の配布資料から抜粋)

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表門から車寄、玄関

 建物西側に設けられた駐車場から屋敷に向かうと、まず敷地を囲む塀の長さに驚きます。長いだけでなく、塀の上部には額縁のような縁取りがあり、瓦屋根が付いています。表門の構えもまた立派で、まるで武家屋敷か寺の門のようです。無粋なことながら、この塀と門だけで家が一棟建っただろうなどと推測しながら表門をくぐりました。

敷地北側の塀

表門

敷地西側の塀

左:門衛所、右:表門

 表門を見上げて、木材の太さや細かい細工に感心しながら潜り抜けると・・・

門と玄関との間もこんなに広く、
石が置かれ大木が植えられています。

一般的な住宅ならば、一本もあれば
庭を覆い尽くしてしまうであろう巨木が
何本も無理なく収まっています。
 前庭の広さに驚きながら玄関に向かうと更に驚くのが車寄せの重厚さ。神社の拝殿か宮殿のようです。全体の大きさ、天井の高さ、屋根の曲線、縁取りの彫刻、柱の太さ、御影石の床など、至る所に高級感が溢れ、当時、この玄関で迎えられた来客はどのような人だったのだろうと想像すると、モノクロ映画を見ているような楽しさに浸ります。残念ながら見学者が引っ切り無しに出入りしていたので、玄関広間全体を撮ることができませんでした。

重厚な車寄、玄関

玄関・車寄の説明

車寄の天井


車寄の天井照明

玄関広間の天井照明

玄関広間の広さは22.5畳とのこと。

車寄・玄関を南側から

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応接間1、」応接間2

 玄関に入り、22.5畳の広間右手に進むと、2間続きの応接間があります。各追う説は廊下側からも出入りできます。
 それぞれの部屋には大理石の暖炉が据え付けられ、アンティークな食器棚が置かれ、高級感溢れるソファーが置いてあります。壁紙やカーテンは一部損傷していますが、これまた高級品であることが分かります。天井にはシャンデリアが架かり、ドア上部にはステンドグラスの装飾が施されています。
 贅を尽くすと言うのはこう言うことなのだろうと思いました。

応接間

食器棚

食器棚


食器棚

応接間

天井に架かるシャンデリア

大理石の中に置かれた電気ストーブ

大理石の暖炉

応接間の説明


ソファとテーブル

大理石の暖炉

ドアの上部などにはめ込まれたステンドグラス


カーテンの豪華さもご覧ください



左右シンメトリーな図柄
応接間の外の廊下

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便所、シャワー室、廊下

 今では個人住宅の隅々までウォッシュレットトイレが普及している日本。でも群馬県辺りの庶民住宅にトイレの水洗化が始まったのは、昭和50年代頃と思います。
 知久平宅の主屋の上棟は昭和5(1930)年とのこと。世間一般の普及の半世紀も前に既に水洗トイレと温水シャワーを備えていたこと、当時の上流社会のレベルを垣間見たようです。

洗面台。温水栓あり。

大便器トイレ。腰壁が大理石貼り。

トイレとシャワー

シャワー室

便所、シャワー室、廊下の説明
応接室と客間を繋ぐ廊下。
廊下にソファを置いても通行には
まだ十分の余裕があります。
採光も十分あります。

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次の間と入側縁、客間


次の間と入側縁の説明



手前:次の間、奥:客間

高い天井と様々な装飾

客間の説明

次の間。襖下部のシミは、昭和22年のカスリン台風による床上浸水被害の痕跡

手前:次の間、奥:客間

次の間の説明図


客間の棚、床、付書院

客間と廊下

次の間の格子欄間

客間の付書院には
花菱模様の格子欄間

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次の間と客間の周りの廊下


天井が高い廊下

廊下側の壁に貼られた壁紙

廊下の仕切り壁の上

廊下には大きなガラス窓。
庭が見えます。

高い天井、広くて長い廊下

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入側縁、仏間、両親居間


入側縁の説明

 仏間と両親居間の南側・東側の入側縁は6尺幅で、敷居から3尺以内は畳敷き、外側はフローリングとなっている。棹縁天井からは2基の照明が吊るされています。


仏間と両親居間の説明

廊下の半分(半間)が畳敷です

両親居間

こちらの廊下も半分は畳敷

電気ストーブ

広く長い廊下

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廊下納戸など


廊下納戸の説明


御神間の説明

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次の間、知久平座敷


次の間、知久平座敷の説明


知久平座敷前の廊下

付書院

知久平座敷

知久平座敷前の廊下

中島知久平氏の肖像

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脱衣室、浴室


脱衣室の説明



浴室の説明


 浴室は8畳ほどの広さです。庶民の私に取っては銭湯の広さです。
 こんなに広い浴室、いつも何人で入っていたのでしょう。冬などは逆に寒そう。などと野暮な詮索でした。

広い脱衣室。6畳ほどの広さです。


木とステンレスの浴槽

脱衣室内の流し


浴室内の手洗い

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食堂、茶の間など


食堂


神棚



食堂、茶の間の説明

食堂前の廊下

 部屋が多過ぎて、撮った写真がどこだったか特定できない場所が何ヶ所かありましたが、取り敢えず掲載しておきます。

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厨房


流し台

厨房の説明


大きな配電盤

ガス台

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女中部屋、トイレ


女中部屋の説明



8畳2間続きの女中部屋




通用口


手洗い


女中部屋の前は中庭

巨大なブレーカー


便所の説明



水洗和式トイレ

水洗様式トイレ

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中庭からの風景


中庭越しに見る二階部分。右は客間

中庭

中庭

中庭

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外庭から

外庭から

知久平座敷へ上がる階段から

2階の知久平座敷の廊下から

外庭から

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外庭から見た各建物


1階=両親居間、2階=知久平座敷

左:客間、右:1階=両親居間、2階=知久平座敷

左:応接間、右:次の間と客間

応接間。右奥は次の間


次の間と客間

次の間と客間


左:玄関、右:応接間

南側から見た中島知久平邸全景

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建物回り




玄関前の庭と南側の庭との間の塀

客間廊下から庭へ出る階段

廊下突きあたりと外庭を繋ぐ階段

廊下の下の束や床下


屋敷神社殿




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