東上州の街・大間々町(おおまままち)まち歩き [ 日本のまち歩き ]  [ Home ]



あかがね街道の宿場町、生糸の集散地、わ鉄の駅、

レンガ煙突と醤油醸造、酒造、蔵、常夜灯が残る街・・・大間々

木造家屋が残る停車場通りにほんいち醤油 岡直三郎商店わたらせ渓谷鉄道 大間々駅酒造煙突のある風景
常夜灯常夜灯200年祭・奉納かぐら蔵のある風景大間々博物館「コノドント館」(旧大間々銀行)路地
まち中・寸景(六人衆と長澤薬師、河内屋木道と「三方良し」の井戸、銭湯・千代乃湯など)
更新日:2014/7/29 画像下の日付は撮影日
 昨年2013年12月1日、小春日和の天候に誘われて、大間々のまち歩きを楽しみました。「半年以上も前のことを何で今頃?」と思われるかも知れませんが、この日、欲張って写真をいっぱい撮って来たので、その整理に時間がかかったことと、当サイト「Go!伊勢崎」の記事がほぼ毎日あるので、後回しになってしまったせいです。日数の経過と比例して心苦しさも増えて、そろそろ掲載しなくっちゃと重い腰を上げたところです。そう言えば、過去のあちらこちらの「まち歩き」の膨大な量の写真がパソコンの中に眠っていて、これも暗黙のプレッシャーです。いつの日か色あせない内に日の目を見れるよう、頑張りましょう。

 ・・・と言うことで、大間々町のまち歩き

 まず感じたのは、歴史が今も残されていると言うこと。それは、江戸時代から続いた銅(あかがね)街道の常夜灯醤油・日本酒の醸造所の重厚な建物、また街中に点在する蔵屋敷や大正時代建築の旧大間々銀行の洋風建築(現在、大間々博物館『コノドント館』)などに象徴されますが、路地裏を歩いてみると、古井戸や創業100年を超える銭湯「千代の湯」、また、街中のあちこちから見えるレンガ煙突昔ながらの店並びなど、様々な要素が歴史を偲ばせます。

 それは、近代的都市整備が遅れただけなのか、意図して歴史を残したのか、詳しい経緯は分かりませんが、スクラップ&ビルドの急成長時代が終焉し、世の中の価値観が変わり、時間の流れもスローテンポに転じた今、結果的に歴史を感じる特色ある街並みを創出することになりました。この感覚は、以前、下仁田町富岡市のまち歩きの時にも感じたもので、地形的な理由で都市整備が困難だったと思われる下仁田町、既成市街地の区画整理が中止された富岡市など、不本意な理由ではあったかも知れませんが、そのことが結果的に特色ある歴史的市街地を残すことに結び付いたと思われます。先月、世界遺産登録が決定された富岡製糸場などは、正に「壊さずに変えずに守る」ことの恩恵を受けた最たるものではないでしょうか。

 一度壊した歴史的建造物は、後に精巧に造り直してもやっぱり”偽物”。戦禍を被り破壊された世界各地の歴史的建造物が、僅かな残骸から復元し、大勢の観光客を集めている事例を知るにつけ、歴史的建造物の重要性を再認識します。
 さて、大間々町の紹介ですが、本町通りや大間々駅、路地裏などを中心に駅前の食堂”新井屋”さんでの食事も含めて約3時間、ゆっくりたっぷり歩きました。写真がたくさんありますので、まずはプロローグとして、気に入ったシーンを数枚紹介し、追って全部掲載します。(2014/7/17 記)

大間々駅周辺の地図

「大間々街歩きMap」表面

「大間々街歩きMap」裏面

本町通りの町並み「今と昔」

駅の近くに建っていた大きな観光案内板

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木造家屋が残る停車場通り


この道を歩けば大間々駅 2013/12/1

大黒屋さん

大黒屋さん

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創業天明7年(1787年) にほんいち醤油 岡直三郎商店


本町通り(国道122号線)に面した白漆喰壁の蔵 2013/12/1


本町通り(国道122号線)に面した店構え 2013/12/1


醤油工場の敷地内の蔵 2013/12/1

国道側の店頭

店先

敷地内の井戸端

店内に残るかまど

店内の座敷

敷地内の蔵

敷地内の蔵、手前はトイレ

通り沿いの蔵

壁や瓦に刻まれた歴史(北側の路地から) 2013/12/1

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●わたらせ渓谷鉄道 大間々駅●


レトロ感タップリ

イルミネーションが飾られた駅

大間々駅(左)。右側は公衆トイレ。

退避中のわたらせ渓谷鉄道の電車 2013/12/1

大間々駅の駅名標

大間々駅のホーム

大間々駅ホーム。天井の木製トラス

大間々駅待合室


大間々駅待合室


大間々駅、車庫前に退避する車両


大間々駅からの風景


特別列車


展示されている電車

大間々駅のホーム(北側から南方)

ホームを繋ぐ跨線橋

わ鉄の軌道((跨線橋から南方))

大間々駅のホーム(南側から北方)

大間々駅ホーム(跨線橋から北方)


大間々駅ホーム(跨線橋から北方)



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大間々駅、退避線に停車する車両



特別列車

特別列車

酒造

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寛延2年創業 奥村酒造(2013年夏に廃業)


寛延2年(1749年)創業の奥村酒造。 2013/12/1

2913年5月31日に店を閉じ、廃業届けを提出したとのこと。
264年の歴史に幕を閉じました。建物や土地は処分するとのことです。

奥村酒造の標識

風格ある奥村酒造の建物(国道側から)

銘酒 赤城山 蔵元




銘酒”赤城山” 蔵元の木の看板。店舗での販売は行っていないとのことです。

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煙突のある風景


暮れなずむ煙突と蔵のある風景 2013/12/1

のっぽの赤レンガ煙突



銘酒「赤城山」蔵元の煙突

赤レンガ煙突のある風景 2013/12/1


煙突とサイロと蔵


常夜灯

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 江戸・文化文政時代、大間々町は銅(あかがね)街道の宿場町として賑わい、本町通りの中堀沿いには5基の常夜灯が設置され、ロウソクが灯っていました。明治10年、中堀は埋められ、常夜灯は別の場所へ一旦移設されましたが、平成22年、3基の常夜灯が本町通りに戻されました。133年振りの里帰りです。

五丁目常夜灯

五丁目常夜灯

四丁目常夜灯

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三丁目常夜灯

常夜灯200年祭・奉納かぐら

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 訪れた2013年12月1日、狙った訳でなないのですが、たまたま”常夜灯200年祭”の行事が行われ、庁舎東方の国道交差点の空き地で「奉納かぐら」の舞が演じられました。みどり市の重要無形文化財に指定されている「横町太々神楽」(*)です。

(*)横町太々神楽(みどり市公式サイトから引用)
 横町太々神楽は、阿左美の横町に伝わる郷土芸能で、横町秋葉神社(祭神火保見之命)に代々奉納されてきた笠懸地区に現存する唯一の神楽。明治25年には伊勢の神楽司家より永代神楽奉納許可を受け、現在は横町神楽保存会によって継承され、毎年4月と10月に舞が行われている。










横町太々神楽
横町太々神楽

蔵のある風景

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 蔵の街・栃木市を筆頭に、歴史的風景が残される街並みには、”蔵”の存在は不可欠です。町屋造り、武家屋敷、蔵。これら、現代人の機能要求を必ずしも満足させない昔の建造物。更に、地震国日本においては、耐震補強も課題。でもそれらに過敏に対応せずに、適切な範囲で対処して活用している街並みは全国各地にたくさんあります。
 古き良きものを残し、歴史を積み重ねることは、自分たちのよって立つ基盤を造ることに繋がります。「役目を終えたら、あるいは機能が低いからとの理由で、用が済んだら簡単に壊されてしまう」、そのような価値観が底流に流れる社会は、人間社会において弱者を排除する風潮とも繋がります。大間々町には随所にまだ蔵が残されています。

木と白漆喰の壁。歴史と風格を感じます。 2013/12/1









大間々博物館「コノドント館」(旧大間々銀行)

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 「どのドント?」、「あのドント」、「いや、そのドント」なんて、つい寒い親父ギャグが飛び交う大間々博物館「コノドント館」。大正10年建造の旧大間々銀行です。大間々町在住の研究者・林信吾氏が日本で最初のコノドントを発見したとのこと。

【コノドント】Wikipediaより引用。
 コノドント(英: Conodont)は、カンブリア紀から三畳紀(6億年前から1億8千万年前)の地層から発見される歯状の微化石。 動物体の一部の化石で、世界中で発見され示準化石として様々な成果を挙げた。発見された化石が魚の歯に似ていたため、円すい状の歯を意味するコノドントと命名。

大間々博物館の説明板




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歴史を感じさせる洋風建築


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路 地

踏み跡や手入れ具合から判断して、今でも人々が往来していることが分かります

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まち中・寸景


庁舎脇の休憩所




国道122号交差点(西側から東方)





道路元標

みどり市大間々庁舎

国道122号交差点(南東角から北西方向)


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新国商店、旧野口商店

街中で見つけた洋風建物

六人衆と長澤薬師


六人衆と長澤薬師

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河内屋木道と「三方良し」の井戸




「三方良し」の井戸

河内屋木道

まち中に残る銭湯・千代乃湯


オープン前

オープンは午後4時



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