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更新日:2014/8/16

島村特集開設宣言

 若き日の大江健三郎氏をもってして、「日本でもっともすばらしい小学生たち」、また「島小学校は日本で最上の小学校のひとつなのだ」と言わしめた島小

 後のノーベル文学賞作家・大江氏が昭和37年、島小を訪れ2日間の参観を経て島小の魅力に圧倒された経緯を記述した文芸春秋・「『出発点』大江健三郎同時代論集1」
 心が開放され、キラキラと輝く目をした小学生たちが大江氏が参観する授業の中で、生徒同士、また先生と自由に伸びやかにコミュニケーションする光景。
 この文を読んだ私にも氏の感動は十分に伝わり、かねてより抱いていた島村や島小への関心は深まるばかりです。

 この文を紹介してくれたのは2010年当時、島小の校長先生だった新井博さん。

 過日行われたスポーツイベント「マラソンピクニック」の日、偶然と必然との経緯の中で日曜日の島小を案内していただき、貴重な本や写真集を見せていただき、島村や島小の歴史を説明していただき、今は頭の中がまさに洪水のように島村と島小で溢れています。

 当時の斎藤喜博校長先生のこと、島村蚕種協同組合のこと、ヨーロッパとの交易のこと、キリスト教会のこと、巨額の取引があったことから暴漢や博徒達も集まったこと、現存する養蚕農家群のこと、大洪水を繰り返す利根川に翻弄された地理的特異性、当時の島村の2/3が利根川に埋もれていること、そのどれもが私の好奇心を刺激するには余りある事柄です。

 今、この日にお借りした橋本由子さん著・「上州島村シルクロード−蚕種づくりの人びと−」を読み、江戸時代から大正、昭和にかけて蚕種産業で繁栄を極めた島村の歴史を理解したつもりになっていますが、島村に関する自分の知識、認識は全く初歩的レベルであるに違いなく、それを少しずつ是正し、深めていくためにも、まずこの感動が高いレベルにある今、ここに新たな島村特集ページを開設することを宣言します。(2010/4/16 記)

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 もし利根川がたった1時間でもいいから干上がる事があるならば、その間に、川底に沈んだ島村の前島地区を確認し、当時の島村に触れてみたい。
桜咲く島小を拡大表示 → MサイズLサイズ



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下記の文章は、2010年3月16日に、当サイトの「管理人のつぶやき」に書いた拙文です。
当「島村特集」ページはいくつかの想いが重なって開設しましたが、この日記はその想いの多くを伝えたものです。

2010/3/16(火)

まだ見ぬ島村と島小へのラブレター


島小」・・・まだ見ぬ小学校・伊勢崎境島小学校。
先週の土日に「シルクロードカントリー群馬シンポジウム in 伊勢崎
の会場となった島小。

かつては養蚕で栄え、大河・利根川の氾濫で地形を変え、
その利根川が島村を二分し、
利根川右岸の島村南部地区は周囲が全て埼玉県。
その地区に残された小学校・島小

島村南部地区と北部地区は現在も渡し舟で結ばれ
春には「島村渡船フェスタ」が開催され、
地区内に残された養蚕農家群は富岡製糸場と共に
世界遺産へ登録する活動も。



1955年、境町・采女村・剛志村・島村が合併して境町が誕生し、
その時にも残った「島村」の名前。
また、2005年、境町が伊勢崎市と合併した時にも
島村」の名は残りました。

海なし県・群馬の中にあって「」が付き
市の中にあって「」が残り、
おお、何とロマンチックな。

それが「二十四の瞳」や「瀬戸内少年野球団
のようなイメージを膨らませ、
昨年、中之条ビエンナーレで出会った
木造校舎の旧第四中学校とも重なる島小。

島小では元気な子ども達が裸足で野球をしていて、
明るくて若い美人先生がいるはずで、
太陽はいつもさんさんと輝いていて、
周囲は豊かな緑に包まれて、
きっとそんな場所に違いない。



以前、境町のご年配のある方と境町の話題を交わしたとき、
島村の利根川の川底には、昔の島村の街が残っていると聞きました。
それは、かつての自由奔放な利根川の流れが島村の形を自在に変えた証拠。
ダムの湖底に眠る村や町の話は聞いたことがありますが、
川底に眠る話は始めて聞いた話。



更に、島村にはキリスト教会があります。
養蚕で栄えた頃、ヨーロッパとの交流が始まり、
キリスト教に感化した人たちが作ったとのこと。
まるで長崎や函館を想い起こします。
「島」とキリスト教とでキリシタン一揆「島原の乱」も思い浮かび
関東圏からも東北圏からも仲間はずれにされそうな群馬が
突然にヨーロッパな感じになります。



利根川の埼玉側への飛び地。
川底にはかつての街並みが眠り、
地区内を結ぶ渡し舟、しかもそれが県道。
今まだ点在する養蚕農家の大きな建物。
歴史あるキリスト教会。
伊勢崎市内までは幅1キロの利根川を渡るしか交通手段がなく
それ故なのか、伊勢崎の他地区とは多くの特徴を異にする島村。


これだけ役者が揃った「島村
合併して「私の市の『島村』」と呼べることに
突然宝物をプレゼントされたような嬉しい気持ちになります。
そんな「島村」地区の小学校・島小



・・・ところが、

用事のない休日にはほぼ毎週市内中をサイクリングし
上武大橋を越えて島村まで足を伸ばしたことも何回かありながら
島小との出会いは未だに叶わず。

今回の島小での貴重なイベントも当サイトで紹介しておきながら
年度末の繁忙期と重なって休日返上で徹夜騒ぎの仕事に明け暮れ
結局は出かけられず、またもや断念。

でも、その分、益々イメージが膨らみ
イメージだけで映画のシナリオが何本か書けそう。
(才能がないので無理ですが・・・)



現実の島小はきっと立派な鉄筋コンクリートのモダンな小学校に違いなく、
決してモノクロ写真が似合う木造校舎じゃなく、
裸足の野球少年もいなくて、
太陽の日差しもほどほどで、
若くて明るい美人先生がいなくたって、
やっぱり島小は懐かしいままの島小として存在し
そう思う気持ちを持てるだけで
いい映画を10本観たような幸せな気分です。


島村」、「島小」・・・
歴史と懐かしさの風が吹いて来るような響きです。



島小での
シルクロードカントリー群馬シンポジウム in 伊勢崎
を「ふるさとの歌」さんからご案内いただきました。
→こちらの島小のホームページでご覧になれます。



この橋を渡れば「島村」


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