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飯福(いいふく)神社秋祭り・復活2年目 |
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2011年(平成23年)9月24日(土)、茂呂の飯福神社(上の山)境内で秋祭りが行われました。昨年、茂呂地区屋台囃子保存会連絡協議会発足記念として90年ぶりに復活したこの祭り、2年連続の催しとなりました。![]() 私はこの日、美茂呂町に住む親戚宅をたまたまお邪魔したところ、あいにくと留守だったため出直そうとした時、何やら神社の方角から笛や鉦、太鼓の音が聞こえて来るじゃありませんか。「ひょっとして?」と思いながら神社へ行ってみると案の定お祭りが繰り広げられていました。境内を一回り眺めてみると、Suh sanやヒロコさんたち千本木のお囃子の皆さんも参加していて、しばらくお喋りタイム。他の地区の皆さんも参加していて、今年も茂呂5地区の全員集合です。 お祭りは、お囃子や八木節演奏、ダンピアやだんべえ踊り、フラダンス、また今年は安来節が新たに加わり、1部と2部とそれぞれ2回披露され、爽やかな好天に恵まれたこの日、木立に囲まれた広い飯福神社の鎮守の杜に終日賑やかで懐かしい音が響き渡りました。 (2011/10/9 記)
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![]() 地図拡大 |
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| 茂呂5地区のお囃子演奏 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() 茂呂一丁目 ![]() 美茂呂町 ![]() 茂呂二丁目 |
![]() 茂呂一丁目と美茂呂町 ![]() 南北千木町 ![]() 茂呂南町 |
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| 八木節演奏と踊り | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| だんべえ、ダンピア踊り | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 安来節 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| フラダンス | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 神社や境内の様子 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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飯福(いいふく)神社秋祭り・90年振りに復活 |
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2010年(平成22年)11月6日(土)、茂呂の飯福神社(上の山)境内において飯福神社秋祭りが行われました。この催しは茂呂地区屋台囃子保存会連絡協議会発足記念として行われた行事で、実に90年ぶりの復活です。当初予定していた10月30日が雨天のため11月6日に順延になりました。
この日、会場となった境内には地区内の山車が集まり、神事を挟んでお囃子や八木節演奏、ダンピアやだんべえ踊りが演じられました。 私はこの日、不意のアクシデントがあって、残念ながら出かけられなかったのですが、茂呂地区に住むヒロスタのヒロコさんから当日の写真が届きましたので、ここに紹介します。(2010/11/10 記) |
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| 午前と午後のイベントの間には神事式典と宮司さんの紹介が行われました。宮司は岩崎輝夫さんです。 | |
![]() 拝殿前で宮司さんを囲み地区の世話役や関係者の皆さんが記念撮影 2010/11/6 |
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![]() 厳粛に静々と進みます。 2010/11/6 ![]() 宮司さんが詔を奉げます 2010/11/6 |
![]() 広場で記念撮影。 樹木が生い茂る広い境内です。 2010/11/6 |
| 和会だんべえ、八木節、ダンピア | |
![]() 八木節踊り 2010/11/6 ![]() ダンピア 2010/11/6 |
![]() 八木節の囃子方 2010/11/6 |
| 午後の部の茂呂5地区のお囃子演奏です | |
![]() 美茂呂町 2010/11/6 ![]() 茂呂町一丁目 2010/11/6 ![]() 南北千木町 屋台囃子保存会 2010/11/6 |
![]() 茂呂南町 2010/11/6 ![]() 茂呂町二丁目 2010/11/6 |
| 境内の様子 | |
![]() 左から茂呂町二丁目、美茂呂町、茂呂南町 2010/11/6 ![]() 中央:茂呂町一丁目、南北千木お囃子保存会 2010/11/6 |
![]() 左から南北千木お囃子保存会、茂呂町二丁目、 美茂呂町 2010/11/6 →千本木神社秋祭りの様子はこちら |
【飯福神社・祭神】 |
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| 主祭神 | 保食命(うけもちのみこと) |
| 配祀神 | 大物主(おおものぬし)命 誉田別(ほんだわけ)命 火産霊(ほむすび)命 倉稲魂(うがのみたま)命 菅原道真(すがわらみちざね)命 菊理姫(くくりひめ)命 最上(もがみ)命 |
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| ※以下の文章は「伊勢崎佐波の神社誌」を引用しました。 当社の創建年代は明らかでないが、伝承によれば、建武年間(1334〜36)に宗良(むねなが)親王が父君後醍醐天皇の命を受け征東将軍となって東国に赴いたが、御子の尹良(ただなが)親王薨去(こうきょ)後は新田一族を率いて王事を尽くしていた。 その宗良・尹良両親王の御息所にちなんで、ここに「位々登美(いいとみ)」の御神霊を奉祀した事が始まりとされている。その後は那波氏によって再建されたが、正親町(おおぎまち)天皇の御代の永禄五年(1562)、北条氏の兵乱に遭って社殿は悉く破損した。しかし、由良氏によって修理がなされ、天正年間(1573〜92)には、竹姫公の采邑(さいゆう)となった。 江戸時代に至ると、伊勢崎城主酒井日向守忠能によって修理が加えられ、明治維新以来は氏子の経営するところとなった。 明治7年、村社に列せられ、同40年9月17日、境内末社の愛宕神社・秋葉神社・菅原神社、字堤の飯福神社・同境内末社の琴平神社・八幡神社、及び字宮上の秋葉神社、字白山の白山神社・同境内末社の菅原神社・疱瘡(ほうそう)社を合祀して今に至る。 境内には、大正14年建立の「古銭発見碑」があり、以前は桜の名所でもあった境内地を氏子たちは「カミノヤマ」(上之山)と称している。 |
【祭日】 2月23日:春季例祭 10月17日:例大祭 11月23日:秋季例祭 【境内神社】 榛名神社:埴安姫(はにやすひめ)命 赤城神社:大己貴(おおなむち)命 加茂神社:別雷(わけいかづち)命 【境内地】 約 751坪 |
■アクシデント顛末記■私はこの日、午前中から華蔵寺公園運動場を起終点とする群馬県高校駅伝の県代表選抜大会を追っ掛け取材し、午後1時に一旦自宅に戻って昼食を済ませ、再び愛車のMBに跨り飯福神社へ「それ行け〜!」とばかりに向かったのですが、本町の西友跡地辺りに差し掛かる頃、どうも自転車が重い。タイヤがベッタリと地面にくっ付いている感じがします。確認すると、後輪の空気が抜けています。取りあえず安全な場所に退避して、ポータブルの空気入れで空気を入れて暫く走りますが、またその内に抜けてしまいます。そんな事を何度か繰り返している内に時間がどんどん経過し、このままだとまともな時間に到着するか心もとない状況になってしまって、結局、Uターンして自宅に戻る事に。自宅に戻るにも何度空気を入れた事か。 いつも交換用タイヤを持参しているので、すぐさま交換してしまえば良かったのですが、完全なパンクでもなさそうだったのでグズグズとした処置を行ったのが判断ミスでした。私のグズな性格が露呈してしまった事件です。 でも、心の片隅に、「きっとSuh sanかヒロコさんから写真が届くだろうなぁ・・・」と言う甘えがあったのも白状しておきます。人生いろい〜ろ〜♪ 取材もいろい〜ろ〜♪ ヒロコさん写真ありがとうね(感謝です)。(2010/11/10 記) |
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