蔵の街・とちぎ 街歩きレポート [ 小布施(おぶせ)に学ぶ]  [ Home ]




蔵の街・とちぎ 街歩きレポート

全体案内|街中の蔵造り(1)街中の蔵造り(2)街中で見掛けたポスター街中を流れる巴波川(うずまがわ)街中寸景
県庁掘りや水路、巴波川(うずまがわ)、鯉のいる風景街中の随所で見かけるポケットパーク栃木市・市庁舎別館
とちぎ山車会館(だしかいかん)たまたま一緒だった他のイベント | 旧青木那須別邸
更新日:2010/10/26

全体案内

 2010/10/23、10月下旬とは言え、用意した上着も着る暇がないほどの好天に恵まれたこの日、伊勢崎市景観サポーター(*)の活動の一環として栃木県栃木市栃木県那須塩原市の視察に行って参りました。参加者は私を含むボランティアメンバー9人、伊勢崎市の職員さん5人の計14人です。
 伊勢崎市役所を8時5分に出発し、北関東自動車道と東北自動車道を利用して、栃木市「蔵の街第1駐車場」に到着したのがちょうど10時。

 以降、昼食をはさんで12時半までの2時間半、栃木市観光ボランティアガイド会長の清田さんの案内で、街中に現存する数多くの蔵の街並や、その昔舟運として利用された巴波川(うずまがわ)周辺の景色、現在も市庁舎別館として使用されている大正時代の建造物である洋館、県庁所在地であった当時の名残の県庁堀やお堀と巴波川(うずまがわ)を繋ぐ水路、そこに泳ぐ無数の山車会館、蔵造りの美術館などなど、市内の要所要所をスピード見学して回りました。
(2010/10/25 記)
(*)伊勢崎市の街中景観を考える市民ボランティア団体。景観サポータの担当課は伊勢崎市都市計画部都市計画課です。

栃木市観光協会会長の清田照子さんを囲む視察メンバー
 駐車場に到着後、まずは栃木市観光協会会長の清田照子さんから全体説明をしていただきました。清田さんは21年前の協会発足時からのメンバーです。笑顔一杯の明るくてパワフルな方で、説明も分かり易く、初対面とは思えない親近感を覚えました。

蔵の街第一駐車場のゲート
入り口脇にある飲料自販機も
蔵の化粧で覆っています。

駐車場のトイレも蔵造り
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駐車場入口。案内板も屋根付き。
受付の建物も蔵造り。
 「蔵の街・とちぎ」の街づくりは、市内に現存する400近い蔵造りの建物と街中を流れる巴波川(うずまがわ)洋館を核に、1988年に着手。
 栃木駅を中心とした街の形は、一瞬伊勢崎市と間違う程に良く似ています。人口14万3千人ほどの栃木市の街づくりは、既存の歴史的建造物を残し、それらに改修や修景を施し、お店として、また公的施設として新たな命を吹き込みました
 その大きなポイントとして、大通り(例幣使街道)をシンボルロードとして位置付け、視界を遮る電柱や歩道橋を撤去し、歩道を改修し、両側に建つ建物の「看板建築」の看板部分を撤去し、後ろに隠れていた町屋造りの建物を表に出した事、舟運として栄えた街中の巴波川沿いを修景し、遊歩道として整備した事、街中の各所に駐車場や広場、またポケットパークを整備した事、山車会館や美術館、観光館を整備した事、県庁堀と洋館の庁舎別館を修景したこと、などが挙げられると思いました。
 このようにして進めた栃木市の街づくりは数々の賞を受賞していますが、平成21年(2009年)には国土交通大臣賞である都市景観大賞「美しいまちなみ大賞」を受賞しています。
(2010/10/25 記)

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街中の蔵造り(1)


冨士屋(左端)、丸三(左から2番目)
修景以前は大きな看板で覆われていました。

昔ながらの木製の看板が上がっています。

五十畑荒物店。後ろの洋館も味わいがあります。


店内の商品も昔懐かしい物ばかり。

洋式建造物に挟まれた蔵造り

毛塚紙店(中央)。ここには5つの蔵が並び、壮観です。


三枡屋本店(右)

旬菜の店


旬菜の店(↑と同じ店)



お茶、ソフトクリームなどの店


通りから奥まった所にあった
レンガ造りの蔵


巴波川の幸来橋の袂の店
食事やコーヒー


横山郷土館
(両袖切妻造り)と言う
非常に貴重な造りです。
左右対称ですが、
微妙に作りが異なります。


横山郷土館(右側の蔵)
その昔は麻問屋を営んでいました。


横山郷土館(左側の蔵)
その昔は銀行を営んでいました。
母屋の建物の大梁の材料も
左半分は松材。
人を待つ(松)銀行商売のため。


3階建ての蔵。中には階段がなく、
梯子で登ります。

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街中の蔵造り(2)


通りから奥まった場所にあった建物も整然としていました。

とちぎ蔵の街美術館。その昔、大名や旗本の質蔵だったとのこと


和風のカフェ

井岡荒物店の手作りの木の看板


かな半
ここで昼食をいただきました。


とちぎ蔵の街観光館
観光案内とお土産販売
奥の土蔵群では
食事もできるとのこと。

万町ポケットパーク脇の洋館。これまた深い味わいがあります。
和と洋と様式が異なっても、調和しています。

大通り(例幣使街道)。現代建築と蔵とが並んで建っています。

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街中で見掛けたポスター


とちぎ秋祭り
今年は11/13、14の開催
2年に1度の開催とのこと

お蔵のお人形さん巡り
街中の各所、各店に古いお人形さんが展示してあるとのこと

栃木市全体のポスター

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街中を流れる巴波川(うずまがわ)


幸来橋の袂にある
木村回漕問屋・塚田歴史伝説館
の案内板


幸来橋
巴波川(うずまがわ)と幸来橋には
悲話が隠されています。
そのことがまた、この地に「百八灯流し」と言う安産のための伝統行事を生み出したとのことです。

[ L ]

巴波川(うずまがわ)と木村回漕問屋・塚田歴史伝説館
東武鉄道主催の「東武健康ハイキング」の参加者と行き会いました。


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街中寸景


家と家の間


家と家の間


家と家の間


駅から続く裏通り

歩道の随所に置かれた石の椅子


大通りは電柱地中化を完了
歩道に立つ制御機器を木製格子で覆い、街中案内地図が貼られています。


大通りに直交する通り


東武線の駅長さん達が
ハイキング参加者の交通整理

幸来橋たもとのバス停
市内循環バス(東回り)


県庁堀の東の奥まった場所


日光例幣使街道の石碑。

 ここを歩いて行けば伊勢崎市の境や柴宿に到達します。
 当時の使者は、2週間で京都と日光を歩いたとのこと。
 いつか自転車で例幣使の路を辿ってみようか・・・

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県庁掘りや水路、巴波川(うずまがわ)、鯉のいる風景


県庁堀・鯉がたくさん泳いでいます。


県庁堀と脇の遊歩道


県庁のお堀から流れ来る水が
巴波川(うずまがわ)に合流。
4半円の階段状の場所から
水が出てきます。

水路で泳ぐ鯉

県庁堀ができた理由は、その昔、巴波川(うずまがわ)から訪れた人達を舟で県庁まで運ぶためとのこと。

県庁堀と巴波川(うずまがわ)を
つなぐ水路

県庁堀で泳ぐ鯉

巴波川(うずまがわ)と遊歩道。川には鯉が泳いでいます。

街中の随所で見かけるポケットパーク


県庁堀の近く

元交番があった交差点角地

万町

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栃木市・市庁舎別館

栃木市・市庁舎別館
国登録有形文化財
(登録年月日:1998/9/2)

・設計:堀井寅吉
・竣工:大正10(1921)年
・構造:木造2階建、瓦葺
・建築面積:575u
・所在地:栃木市入舟町7-31
当時は1階に事務室や食堂等、2階に議場や貴賓室等が設けられていたとのこと。



入口。車寄せもあります。

東側。屋根には時計塔。屋根瓦は和風のようです。



玄関の屋根にはデッキがあります。

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とちぎ山車会館(だしかいかん)

 山車会館には、「とちぎ秋祭り」で実際に使われる本物の山車が3台収められています。展示室ではこれらの山車と壁の大スクリーンを利用して、秋祭りの様子を映像と音楽で紹介してくれます。両脇の2台の山車には映像の内容と同期してスポットライトが当たり、途中、もう1台が壁の後ろから登場して来ます。両脇の山車が回転を始め、中央の山車が前後に動き、見学者の目を釘づけにします。(2010/10/26 記)

本物の山車


ミニチュアサイズの山車


入り口脇の人力車

本物の山車

本物の山車

ガラスのショーケース越しに撮影

ガラスのショーケース越しに撮影

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たまたま一緒だった他のイベント

 見学を終えて駐車場に戻って来ると、大勢の人たちが行列を作っていました。
 行列を整理していた制服姿の方に尋ねると、この方は東武鉄道の駅員さんで行列は東武鉄道が主催する「東武健康ハイキング」に参加した皆さん。この日はざっと4,000人が参加したとのこと。

この方は駅長さんとのこと

駅長さんや駅員さんが係を担当

ゴールの受付に並ぶ参加者の皆さん
 東武鉄道では真夏を除く毎月、東武鉄道の駅のある場所で健康ハイキングを主催し、毎回2,000〜4,000人の参加者があるとのことです。参加は当日に現地で受付を済ませればいいだけの至って簡単な方法。しかも自由に散策し、何ヵ所かのポイントのスタンプを押せば、景品もいただけます。この日の景品はポットかバッグのどちらかでした。
 来年(平成23年)1月15日(土)には「館林七福神と城沼の白鳥ハイキング」が開催されます。

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 ここまで紹介しても、まだまだ当日見学した分をお伝えできていません。しかも、この日は2時間半の制約であったため、各お店や施設の中にゆっくりと入っている暇もありませんでした。唯一入ることができたのは山車会館だけです。写真撮影もゆっくりとアングルを探しているとすぐに皆さんから迷子になってしまうので、とにかくパチリパチリとシャッターを押しました。それでも、始終小走りで、お陰でいい運動にもなりました。
 たった数時間で蔵の街・とちぎを知ることは無理のようですが、この記事をまとめるに当り、種々の資料を見直してみると、栃木市観光ボランティアガイド会長の清田さんが本当に効率良く全体を案内してくれたことが理解できました。
 今回の見学は栃木市の街づくりのアウトラインに触れたレベルだったようですが、また、日を改めてゆっくりと見学してみたいと思っています。清田さん、ありがとうございました。

 「日光例幣使街道」、「蔵造り」、「大通り沿い」・・・これらのキーワードからすぐに思い浮かぶのが伊勢崎市境の国道354沿いの街並み。歴史的背景に共通点を持つこの2つの場所ですが、残念ながら境には栃木市のような圧倒的な数の蔵が現存していません。栃木市には街中にざっと350棟、郊外を含めると400棟程現存しているそうです。
 境の街づくり・街興しは地元の人のみならず、伊勢崎市民全体に取っても課題ですが、今回の視察が、境の事を考える時に何かの役に立てばと思っています。(2010/10/25 記)


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旧青木那須別邸

 栃木市を見学した後には那須塩原市に向かい、旧青木那須別邸を見学しました。別邸は元あった場所から南に約50mほど移動して復元されたとのことですが、那須の林に囲まれた白壁の大きな洋館は優雅で気品溢れる佇まいでした。このような建物が伊勢崎市にもあれば・・・などと叶わぬ夢を見たひと時でした。(2010/10/26 記)

 以下、パンフレットから一部抜粋。
 旧青木家那須別邸は、明治時代にドイツ公使や外務大臣、駐米全権大使などを歴任した子爵青木周蔵氏の別荘として明治21年(1888年)に建築されました。その後増築を重ね、駐米大使を退した翌年の明治42年(1909年)に大規模な増築工事を行い、本邸の機能も備えるようになりました。

遊歩道の分岐


木立の中に建つ別邸


案内板



正面左隅から


間取り図



平成11年に国の重要文化財に
指定されています。

左側面から


正面斜め前から


正面から


別邸の入口にある道の駅・「明治の森・黒須」も洋風建築
 青木邸の見学後、隣接する道の駅・「明治の森・黒須」で少しの休憩を取り、帰路は那須街道の道路脇に立つ看板規制の成果を車窓から確認しました。
 那須街道の道路脇に立てる看板に対して、地色や裏面、支柱は焦げ茶色、文字は白か黒と言う色彩規制がかけられ、セーブオンやセブンイレブンなど、伊勢崎市周辺でもお馴染みの看板が焦げ茶と白の看板に統一されて周囲の風景に同化している光景は、落ち着きがあってむしろ新鮮でした。

 伊勢崎市においても、「伊勢崎市景観まちづくり条例」に基づき、屋外広告に対していくつかの規制がかけられ、現在、違法広告については是正指導や除却を進めています。街中を通過する時、違法看板で視界を遮っていた場所が、少しずつ改善されている事を皆さんもお気付きのことと思います。
 良好な景観は市民の財産でありその地域の品格でもあります。「街づくりは景観づくりから」と言っても過言ではない景観。地道で長年月を要する活動ではありますが、倦まず弛まずその一助となる活動を続けて行きたいと改めて自覚した今回の視察でした。(2010/10/26 記)



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