Go!伊勢崎 五目牛の里山(洞山古墳)[ 遺跡・古墳一覧 ]  [ Home ]




五目牛の里山(洞山古墳)

(伊勢崎市五目牛町)
データ赤い花一本赤城山と胴山古墳牛石
更新日:2019/4/24
 この里山は上武道路と北関東自動車道の立体交差点の北にあります。山の東側から北側に回る未舗装の幅の狭い道がありますが、乗用車で通るのはお勧めしません。その道に沿ってコンクリートの用水が流れていて、いつも豊富な量のきれいな水が流れています。水田用でしょうか?この辺の道をサイクリングしていると、道路沿いの用水の水がとてもきれいなのに驚きます。住宅街や大通り脇の側溝の水に見慣れているせいでしょうか。

 この山は洞山古墳(堂山古墳)[下記参照]です。南斜面には個人のお宅が建っていますので、山も個人の所有かも知れません。以前、山の南東の道から頂上まで登った事がありますが、斜面が畑のようになっていて、収穫されなかった大きなカボチャがゴロゴロと転がっていました。特に外部の人が入れるように整備された様子もないので、山を登るのは止めた方がいいかも知れません。
 「下草を刈り取って、木を少し伐採し、中に散策道などを作って、頂上には芝生広場とベンチを作って」と勝手に想像して楽しんでいます。そんなに簡単には行かないことは承知していますが。
 山の南東には源義経由来の伝説が残る「牛石」が横たわっています。(2007/1/6 記。2007/3/2 追記)

洞山古墳の地図

胴山古墳のデータ

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洞山古墳(どうやまこふん)

(上毛古墳総覧:赤堀村53号墳)

所在地 伊勢崎市赤堀町五目牛 字北通 82(墳丘が現存)
形式 前方後円墳
大きさ 墳長26m,前方部幅13m,前方部高さ1.8m,後円部径16m,後円部高さ2.5m
主体部は自然石乱石積の袖無型横穴式石室(全長5.6m、幅1.35m、高さ1.25m)
築造年代 6世紀初頭。「堂山古墳」と書かれることもあるらしい。
出土品 器財埴輪、倚座人物埴輪、玉類、鉄鏃、鉄刀、刀子、馬具、大刀形埴輪、鈴杏鏡、轡、鉄片など。
墳丘には埴輪の配列あり。
発掘調査年 1980年

胴山古墳の

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胴山古墳(東側を流れる粕川から) 2016/4/29


東側から。大きな桐の木が花を咲かせています。 2016/4/29


春先 2007/3/18

洞山古墳と赤い花一本

掲載日:2019/4/24 ▲ページTopへ
 伊勢崎市内のあちこちでソメイヨシノが咲き誇る4月上旬。
 ここ胴山古墳では、真っ赤な花の樹木が一本、濃い緑を背景に咲いていました。胴山古墳の北側から西側にかけて、年々住宅建設が進んでいる五目牛町ですが、胴山古墳の南側は田畑が広がる昔のままの風景が残されています。
 そんな広々とした風景の中で咲く真っ赤な花は、目を惹き付けるに十分な存在感でした。近くに寄って確認しませんでしたが、ハナモモでしょうか。一ヶ所で何十本ものソメイヨシノが一斉に咲く風景も圧巻ですが、たった一本でも、置かれた環境によってはそれに匹敵する魅力があります。(2019/4/24 記) 

胴山古墳と赤い花一本。中央後方には赤城山、右後方には袈裟丸山。2019/4/4

胴山古墳と赤い花一本 2019/4/4

赤城山と胴山古墳

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赤城山と胴山古墳(南方の上武道路から) 2006/12/24

北関東自動車道の高架橋と上武道路(国道17号)の隙間から眺める胴山古墳。後方は赤城山。 2016/4/29


胴山古墳の

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山の北西から 2006/12/24

山の南 2007/2/24

南東部から全景 2006/12/24

山の南の道 2007/2/24

牛石

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牛石伝説

 源義経が牛を連れてこの地にさしかかった時、粕川が増水して渡れず、牛を先に渡そうとしたところ牛は濁流に飲まれてしまいました。翌朝、その場所に石と化した牛が横たわり、義経は「牛石」として弔ったとのことです。

牛石 2007/2/24

南東の坂道。上り口に横たわる「牛石」 2006/12/24

牛石(左側の大きな石)。右側にも巨岩があります。 2016/4/29




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