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航空写真に見る

伊勢崎市の昔と今

栄橋~永久橋・カスリーン台風の前後伊勢崎市連取町・イトーヨーカドー周辺伊勢崎競馬場周辺現・伊勢崎市役所周辺

栄橋~永久橋・カスリーン台風の前後

掲載日:2016/9/25
 1947年9月15日に北関東を襲ったカスリーン台風
 「ふるさとの想い出・写真集・明治大正昭和・伊勢崎」(*)によれば、永久橋と栄橋は流出し、新開橋はかろうじて残ったもののくの字形に曲がり、橋の西側の道路は陥没。堤防は三ツ家橋上流で決壊し、溢れた水が広瀬川右岸側の川久保町と西園町(現・若葉町)の2つの町を押し流し、30余名の人命を奪いました。
 今回、米軍や国土地理院が撮影した航空写真で、カスリーン台風前後の被災地の変遷を調べました。下記に時系列で掲載します。画像の出典は国土地理院、画質は400dpiです。400dpiまでは無料ですが、有料で1200dpi画像も入手できますので、より精密画像で調べたい方は挑戦してみてください。(2016/9/25 記)

(*)【124・ふるさとの想い出・写真集・明治大正昭和伊勢崎・橋田友治編・(株)国書刊行会・昭和55年6月発行】
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(1)1946/10/28 カスリーン台風の前年

カスリーン台風以前は広瀬川の河川幅は狭く、写真で比較すると現在の約1/3です。
右岸の低地には道路や田畑、集落が広がっています。

(1)1946/10/28 カスリーン台風の前年(米軍撮影、国土地理院提供)

(1゜)画像(1)に現在の堤防位置を重ねたもの

カスリーン台風以前は広瀬川の河川幅は狭く、写真で比較すると現在の約1/3です。
右岸の低地には道路や田畑、集落が広がっています。

(1゜)1946/10/28 カスリーン台風の前年(米軍撮影、国土地理院提供)に現在の堤防位置を重ねたもの


(2)1947/9/15、16日 カスリーン台風・伊勢崎を襲来

永久橋と栄橋は流出し、新開橋はかろうじて残ったもののくの字形に曲がり、橋の西側の道路は陥没。
堤防は三ツ家橋上流で決壊し、溢れた水が広瀬川右岸側の川久保町と西園町(現・若葉町)の2つの町を押し流し、
30余名の人命を奪いました。


(3)1947/9/27 カスリーン台風から12日後

画像が不鮮明ですが、栄橋~新開橋~永久橋間の右岸低地が流出した様子が分かります。
栄橋は全て流出、永久橋も西詰が落橋しています。新開橋下流の橋も流出。

(3)1947/9/27 カスリーン台風から12日後(米軍撮影、国土地理院提供)

(4)1947/10/30 カスリーン台風から1ヶ月半後

(3)少し鮮明画像で確認できますが、被災状況に大きな変化は確認できません。

(4)1947/10/30 カスリーン台風から1ヶ月半後(米軍撮影、国土地理院提供)

(5)1948/4/6 カスリーン台風から約7ヶ月後

新開橋下流の橋が復旧。永久橋が繋がった様子ですが、幅が狭く復旧程度は不明。
右岸低地の流出物の片付けが進んだ様子。

(5)1948/4/6 カスリーン台風から約7ヶ月後(米軍撮影、国土地理院提供)

(6)1948/5/20 カスリーン台風から約8ヶ月後

(5)とほぼ同様

(6)1948/5/20 カスリーン台風から約8ヶ月後(米軍撮影、国土地理院提供)

※この間の約10年間の航空写真が見つからず、河川改修の推移は確認できませんでした。

(7)1958/2/20 カスリーン台風から約10年5ヶ月後

広瀬川の右岸堤防が西側へ大きく移動し河川幅がカスリーン台風以前の約3倍に拡張。
栄橋と永久橋も復旧。

(7)1958/2/20 カスリーン台風から約10年5ヶ月後(国土地理院撮影・提供)

(8)1961/6/15 カスリーン台風から13年9ヶ月後

(7)とほぼ同様な状況をより鮮明画像で確認。

(8)1961/6/15 カスリーン台風から13年9ヶ月後(国土地理院撮影・提供)

伊勢崎市連取町・イトーヨーカドー周辺の昔と今

掲載日:2016/9/23 ▲ページTopへ
 伊勢崎市の西部土地区画整理事業で大きく変貌した太田町や連取町、若葉町の各一部。伊勢崎市のウェブサイトによれば、施工面積は101.0ヘクタール、施工期間は昭和57年度から平成33年度です。
 工事着手前、あるいは着手した頃の連取町の記憶は徐々に薄れて行きますが、道路らしい道路と言えば、駒形バイパスと高崎県道、旧・前橋県道くらいで、集落や田畑の中の道路にウッカリ車で入ってしまうと、戻るに戻れず、狭く曲がりくねった道を通り抜けるのに苦労した記憶があります。
 現在は区画整理事業も終盤で、どこもかしこも住宅や商業施設で埋まり、当時の面影はほぼ消えていますが、先日、当サイトの掲示板で、イトーヨーカドー周辺の昔のことが話題になりましたので、ヨーカドー周辺の今と昔をまとめてみました。昔の写真は1946年に米軍が撮影し、現在、国土地理院が公開しているものです。

 1946年に集落があるのは、広瀬川左岸に広がる市街地を除くと、
●新開橋と永久橋との間の集落(現・若葉町周辺)
●現「やましろや連取店」南側周辺
●宝幢院周辺
●旧本庄県道沿線
ほかには数軒の家が点在する程度です。

 またこの当時、新開橋と永久橋との間の広瀬川の河川幅は狭く、現在の右岸側の河川敷にも住宅が並んでいたことが分かります。この周辺に大被害をもたらしたカスリーン台風は1947年(昭和22年)9月で、この一帯(当時の川久保町、西園町)の集落と永久橋が流出しました(*)。現在の広瀬川は河川幅も広く、堤防高も2階建て建物に相当し、大幅に改修されていますが、若葉町の堤防の上には水難者供養塔(→記事はこちら)が建っています。

 当記事の発端となったイトーヨーカドーの場所には、関東整染株式会社(*2)の工場や宿舎が建ち並んでいます。

 これらの他には田畑が広がるだけの連取町周辺でしたが、現在は網の目のように道路が整備され、住宅地や商業地として発展し、市内外、県内外にその名前が知れ渡りました。区画整理着手の昭和57年から34年。この間の変遷を俯瞰すると、都市計画事業の重要性を知ります。(2016/9/23 記)

(*1)【124・ふるさとの想い出・写真集・明治大正昭和伊勢崎・橋田友治編・(株)国書刊行会・昭和55年6月発行】参照
(*2)関東整染株式会社は平成20年4月に株式会社ソトープラザ(本社:愛知県一宮市)に合併。同社ウェブサイトの沿革によれば、「平成3年:群馬県伊勢崎市の工場跡地再開発でショッピングセンターを建設」とあります。
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1946年(昭和21年)10月28日撮影の航空写真(出典:国土地理院)に現況道路を重ねた画像


1946年(昭和21年)10月28日撮影の航空写真(出典:国土地理院)

伊勢崎競馬場周辺の昔と今

掲載日:2016/9/ ▲ページTopへ
 先日、当サイト掲示板に寄せられた”和@”さんの投稿を機会に、伊勢崎市の現市役所位置の昔と今を記事にしましたが、その後、現・新栄町にあった競馬場について、”鳩ぽっぽ”さんも含めて話題が展開し、昔の画像と現在の道路網を重ねて欲しい旨の要望があがりましたので、対応して下記に掲載します。
 昔の画像は1947年10月30日(昭和22年)に米軍が撮影した航空写真で、現在、400dpi画像までを国土地理院のウェブサイト(*)で無料で閲覧できます。
 69年の年月を経た2つの画像を比較すると、ベイシアスーパーマーケット伊勢崎店東を南北に走る(都)今井町安堀町線と、現市役所東側を南北に走る(都)坂東大橋石山線(国道462号)の市役所以南区間だけでなく、広瀬川を渡河する競運橋の道路もなかったことが分かります。そして今回話題の競馬場跡地も、その形状が現在も道路線形に残されていることが分かります。(2016/9/9 記)

(*)国土地理院の地図・空中写真閲覧サービス。→今回閲覧した400dpi画像
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1947年(昭和22年)10月30日撮影の航空写真(出典:国土地理院)に現況道路を重ねた画像


1947年(昭和22年)10月30日撮影の航空写真(出典:国土地理院)


現・伊勢崎市役所の昔と今

掲載日:2016/9/5 ▲ページTopへ
 先日、当サイト掲示板に”和@”さんからウェブサイト「今昔マップ on the web」やスタンフォード大学の地図サイトを紹介していただきました。その後のやり取りの中で、”和@”さんが「現市役所の場所に文マーク(なんかの学校?)がある」ことに興味を持たれたので、私の大雑把な記憶を頼りに、現市役所の場所にはかつて伊勢崎市立南中学校があったことを伝えました。
 私は南中学校出身ではありませんが、50数年前、南中学校に何かの学校行事で行ったことがあります。その記憶に間違いはないと思いながらも気になったので、ウェブ検索すると、国土地理院のウェブサイト(*)で当時の航空写真が見つかりました。撮影は1958年(昭和33年)2月20日です。この写真に現在の道路を重ねると、現市役所北側の道路は南中学校の校庭の真ん中を東西に貫通したことが確認できます。また南小学校や旧・佐波農業高校(現・伊勢崎興陽高校)周辺の道路は半世紀以上にわたってその位置が変わっていないこと、また伊女や南小は校舎の位置や棟数が現況と異なるので、増改築や新築が行われたことが想像できます。(2016/9/5 記)

(*)国土地理院の地図・空中写真閲覧サービス。条件を入力して検索すると、該当航空写真があった場合、中心位置がピンク色の丸マークで地図上に表示されますので、そのマークをクリックします。解像度400dpiまで無料閲覧できます。1200dpi画像は有料で入手できます。使用に際しては出典を明記するとのこと。→今回閲覧した400dpi画像はこちら
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1958年(昭和33年)2月20日撮影の航空写真(出典:国土地理院)に現況道路を重ねた画像


1958年(昭和33年)2月20日撮影の航空写真(出典:国土地理院)



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