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中島知久平(ちくへい)邸 シンポシウム

中島知久平邸見学時(2013年9月)の邸内の様子
掲載日:2014/6/23
 昨日22日、中島知久平邸(太田市押切町1417番)の一般公開を記念して、太田市新田文化会館・エアリスホールにおいて中島知久平シンポジウムが開催されました。主催は太田市、共催は上毛新聞社・太田市教育委員会です。

 中島知久平邸は、中島飛行機製作所(現・富士重工業)の創設者である中島知久平(ちくへい)氏(1884~1949年)が、両親のために生家の近くに建てた住宅。昨年2013年9月を最後に何度かの見学会が開催され、以来、地域交流センターとしての一般公開に向けて、修理が行われていましたが、去る14日、玄関棟の車寄せ、玄関広間、2つの応接間と庭園を一般公開しました。

 シンポジウム参加は事前申込が必要。私はメールで申し込み、この日、開会30分前に会場へ出向いたものの、ホール隣接駐車場は既に満車。「え、今日はコンサートでもあるのかな?」と思いながら、少し離れた第二駐車場へ駐車。会場へ戻ると周辺を歩いている人が皆同じ入口に吸い込まれて行きます。何と、全員がこの日のシンポジウムの参加者です。休憩時間にホール内を確認すると、座席数約1,000のホールがほぼ埋まり、関心の高さに驚きます。

 シンポジウムでは村田敬一氏(中島邸調査・整備専門委員、県文化財保護審議会専門委員)が「中島知久平邸に観る近代和風建築の美」と題して基調講演を行い、続いて、清水聖義太田市長、村田敬一氏、小林則子氏(一級建築士・北村建築設計事務所)、竹中恭二氏(元・富士重工業株式会社 代表取締役社長)の四名のパネルディスカッション(コーディネイター/子安 悟氏(上毛新聞社 東毛総局長))が行われました。

 基調講演では、中島知久平邸が優れた近代和風建築であることはもちろん、施主の存在と同様に、ここまでの建築物に仕上げた設計者や棟梁たちの技量や意気込みにも欠かせぬ重要さがあること、また、このような建築物の見学の姿勢として、材料や装飾、内装、家具調度品などの細部に視点を向けることが面白みを倍加する等の話題が印象に残りました。
 パネルディスカッションでは四名のパネラーが各自の立場で中島知久平邸を語り、祖父が知久平邸に縁があった小林氏の話、中島飛行機時代が色濃く残る社風を知る元・富士重工社長の竹中氏の話など、貴重な話を伺うことができました。特に面白かったのは、清水市長の個性が発揮された時。前日、世界遺産に登録決定された富岡製糸場を引き合いに出し、中島カラーが市内随所に残る太田市を指し、「産業遺産が今もなお生きている太田市」と評し、知久平邸の保存と利活用に関して、壇上で竹中氏に予算協力を促して会場の笑いを誘うなど、トーク番組を聴いているかのような楽しさがありました。エンタテイナー清水市長です。

 正直に言えば、昨年9月の見学会までは知らなかった中島知久平邸の存在。昭和5年、東京ならいざ知らず、今でもなお田畑が広がる旧新田郡尾島町の外れに建築された、贅を尽くした近代和風建築・中島知久平邸。富岡製糸場に続いて世界遺産になるかどうか厳しい道のりと思いますが、まずは国指定重要文化財を目指すとのこと。歴史的建造物を生かしたまちづくり・まちおこしの今後の動きを見守って行きたいと考えています。(2014/6/23 記)

会場ホールに展示された
中島飛行機の旅客機”富嶽”の模型

中島知久平邸平面図(見学時の配布資料から抜粋)



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2013年9月、邸宅内公開時の写真


左:応接間、右:次の間と客間

南側から見た中島知久平邸全景

中島知久平氏の肖像



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