Go!伊勢崎 雷電神社(らいでんじんじゃ) [ 神社仏閣一覧 ]  [ Home ]




 更新日:2010/3/11 写真下の日付は撮影日

鎮座地:群馬県伊勢崎市境伊与久3581
主祭神 大雷命(おおいかづちのみこと)
配祀神 高於加美(たかおかみ)命 火産霊(ほむすび)命 罔象女(みずはのめ)命
健御名方(たけみなかた)命 大日(おおひるめ)?命 保食(うけもち)命
倉稲魂(うかのみたま)命 菅原道真命 誉田別(ほんだわけ)命 櫛御気野(くしみけぬ)命
最上神 大物主命 素盞鳴(すさのお)命 日本武(やまとたける)命

 雷電神社は境・伊与久沼公園から東へ700mほどの位置にあります。また700m北には十三宝塚遺跡があります。波志江の地から境へペダルを踏む時、時々立ち寄って休憩する神社です。神社はどこも多くの木々に囲まれていますが、雷電神社は一際緑が多く、遠目にもその存在が分かります。特に、社殿の北から西に掛けては「伊与久の森」として整備され、中には遊歩道などもあります。
 社殿は周囲から一段高い位置に建っていて、前方後円墳である「雷電神社古墳」の説明によれば、社殿は古墳の上に建てられたようです。
 雷電神社では毎年1月25日にだるま市が、3月25日には春祭り(大植木市)が行われます。(2010/3/8 記)

階段を上ると拝殿
2007/6/10


拝殿 2009/4/5

鳥居が並ぶ参道
2007/6/10


緑に囲まれた神社
2007/6/10

雷電神社 社務所案内由緒

 当社は順徳天皇の建保六年(1215)三月二十五日に、赤石城主(伊勢崎)三浦之介義澄が創建したと伝えられる。上野国神名帳に「従四位上高於神(たかおかみ)明神」と記されるのが当社である。後醍醐天皇の元弘三年(1333)三月、新田三衛門佐義貞が鎌倉追討の際に社殿を修理し、戦勝祈願祭を行った。正親町(おおぎまち)天皇の永禄三年(1560)には、赤石左衛門尉・同又次郎の領有となるや領土の安全を祈り、祭供料と神領を寄進した。明正(めいしょう)天皇の寛永十四年(1637)、伊勢崎城主河内守忠行は社殿を修覆し祭米を奉り、霊元(れいげん)天皇の延宝九年(1681)には酒井下野守忠寛が領主となるや社殿を修理した。また後桜町天皇の明和四年(1767)にいたり、酒井駿河守忠温が社殿を修覆して祈雨の祭典を行った。
 このように江戸時代にあっては領主酒井家の崇敬とくに篤く、累世修理や祭米・奉幣を得てきたが、明治維新後は郷土の鎮守神として氏子の尊崇するところとなり、明治四年には村社に列せられ、同四十年には境内諸末社を合祀して今日に至る。



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南の通り沿いの開花直前のサクラ
2009/4/5


イチョウの落ち葉に覆われた境内
2009/12/12


本殿 2009/4/5


英霊殿
2009/4/5

2007/6/10

社務所もこだわりの建築
2009/4/5

拝殿に施された彫刻
2009/4/5


拝殿の廊下に刻まれた彫刻
2009/4/5

雷電神社古墳の案内
2007/6/10

雷電神社古墳の説明板
2007/6/10



社殿の北から西にかけて
伊与久の森修景美化地域
2007/6/10

通り沿いの緑
2007/6/10


本殿の南にある「おみこし古墳」の入口
覗いてみるとちょっと怖い
2009/4/5

神楽殿(拝殿へ上る階段の手前左)
2009/4/5

拝殿から振り返り境内を一望
2009/4/5

伊与久の森
2009/4/5



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