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足尾の桜石を粕川で発見

粕川と渡良瀬川が繋がっていたことを実証

掲載日:2019/3/9
 2019年2月24日、伊勢崎市の「せせらぎ公園」脇の粕川で開催された鮭の放流会。放流会を終えて帰ろうとした時、手に小石を持っている男性を発見。
 「何ですか、その石?」
 「桜石です」
 「あ、あ〜、足尾の渡良瀬川で見つかる石ですね」
 「そうなんですけど、粕川でも見つかるんです」
 「えっ?え〜〜?!粕川でですか?」
 「・・・」
 それではとばかりに、一辺が1mもあろうかと思われる大きな地図を広げて、
 「大間々扇状地は、桐原面の時代には現在の粕川まで及んでいて、桐原面に土砂が溜まって高くなると、早川と太田市の八王子丘陵に挟まれた方へ移動し、こちらを藪塚面と言い・・・
 と詳しい説明が始まりました。地図は群馬県の地質図。この男性、名前はYさん、元校長先生で実は地層や岩石の専門家でした。
 「桐原面」や「藪塚面」など初耳の言葉が現れ、更にそれらの形成時代、桜石の生成時代などの説明が続き、当方の理解も怪しくなりましたが、要約すると・・・

 ■桜石が生成されたのは約1億年前。
 ■大間々扇状地は足尾山地に源を有し、桐原面が形成されたのが約5万年前。
 ■桐原面の西端部は粕川で、その時代には渡良瀬川は粕川に合流。足尾に源を発する石が粕川に流れ込む所以です。


 足尾以南の現在の渡良瀬川流域でしか見れないと思った桜石が、伊勢崎市を流れる粕川でも発見できること。説明を聞けば理解できることですが、思いもよらぬことでした。
 大間々扇状地の痕跡は、今でも三和町の「男井戸池」や上田町の「あまが池」に残され、まだ湧水が沸いています。粕川がこれらの地点からも近いことを考えれば、大間々扇状地が粕川まで広がっていたことは予想できたのですが、 「大間々扇状地」のことを、地表深くに伏流水が存在する地形・・・と勝手に判断していて、粕川の現河川に渡良瀬川が流れていたことを認識していませんでした。

 

桜石・・・

 実は桜石を知ったのはたった1年前。友人のKさんに誘われて足尾の渡良瀬川まで同行したのがきっかけでした。そのKさんもこのことについては驚きだったようで、先日3月2日、二人で粕川へ桜石探しに出かけると、ナ、ナ、ナント、30分もしない内に数個の桜石を発見でき、大いに感激したところです。

 粕川の近くで生まれ育ち、そろそろ古希を迎える年齢になって初めて知る地球の営み一億年前に生成された桜石が、5万年前に形成された扇状地の流れで運ばれ、今私の手元にあること、何とも不思議な感覚です。
 一億年や5万年に比べれば人間の一生はほんの一瞬。その一瞬の期間に日々一喜一憂すること。喜びは歓迎しても、憂いは馬鹿らしいことと思った次第です。(2019/3/9 記)

渡良瀬川の桜石とは?

 約1億年前に、深さ数千メートルもの地底で砂岩や粘板岩がマグマの熱を受け、部分的に変質したもの。変質した部分が結晶し、桜の花びら模様が現れることがある。(いくつかのウェブサイトを参照しました。)

伊勢崎の粕川で採取したサクラ石


粕川で採取した桜石の中で最も大きな桜石。模様の現れ方がイマイチです。

粕川で採取した桜石の中で2番目の大きさ。
桜の形はしていませんが、典型的な模様です。

粕川で採取した桜石の中で最小の大きさ。
こちらも典型的な模様です。


足尾の渡良瀬川で採取したサクラ石

表面


足尾の渡良瀬川で採取した桜石。綺麗な桜の形が現れていませんが、これも典型的な桜石です。

裏面


同上の反対面。こちらの面には桜の花びら模様が現れています。



足尾の渡良瀬川で採取した桜石。花びら模様がたくさん現れています。




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